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zoom RSS 近代中国に君臨した女たち 西太后

<<   作成日時 : 2011/05/29 21:08   >>

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稀代の悪女、と語られることが多い彼女ですが、

幼いころ厳しく躾けられ、高じて?・・・「父の娘」とか、後継者を育てるにあたり、「かくあるべき思考(SHOULD THINKING」)とか、いろんな観点から見れるんだなぁ、と・・・。
前者は聞いたことありますが、後者は知らなかったです。



・・・ただ、息子の同治帝のことは、19歳で死んじゃった、としか触れられてなくて、そこはがっくり。

新橋演舞場で、「西太后」を観た(95年初演、97年再演)人間からすると、いや、息子ともいろいろあったのよ、亡くなった理由だって、天然痘とも梅毒とも言われてるけど、そもそも、きっかけは母ちゃんじゃん・・・て・・・。

光緒帝とのぎくしゃくも、なんとなく覚えてましたが、珍妃の死については、あまり知らなかったです・・・。
珍妃の井戸、とか、悲劇の妃、として珍妃の名を見聞きしたことはありましたが・・・。

番組を見た後、97年再演の「西太后」のパンフを引っ張り出して読んで・・・。
珍妃が光緒帝に口出ししてたのは思い出しましたが、むしろ、同治帝の方がかわいそうだったかな、という思い出が(西太后が、息子は別の妃がいい、と判断したのが気に入らなくて?一切の女性との接触を禁じたため、城外の遊郭に通うようになり、結果、病を得て亡くなる、というもの)・・・。

光緒帝について、夭折した息子・同治帝のこともあって、わが子のように目をかけてたけど、活発で何でも出来る、頭の良い、新しい考えを持った珍妃のことが、西太后は気に入らなかったようで・・・。

珍妃の死については、今でも、自殺(義和団の乱の折、紫禁城が危なくなって、脱出しようと考えた西太后と、逃げ出す位ならここで死んだ方がましだと主張した珍妃と意見が対立、やがて・・・)か他殺か、はっきりわからないそうですが、西太后と珍妃、それぞれの末裔の方が、証言がバラバラなのも・・・。

西太后が手にかけたとする説と、珍妃が自ら井戸に向かって行って、助けようとしたけど間に合わなかった、という説。

西太后が悪女、と言われるのは、贅沢したり、日清戦争のさなか、頤和園(すごい、一発変換だ!この字・・・)作ったり、そして、この珍妃の死が、決定的だったそうで。

で、出演者の一人、学者さんに言わせると、頤和園に関して、お金が少しでも入り用な時なのに、西太后があんなの作ったからいけないんだ、と考える、中国の人。
・・・でも一方では、いまや世界遺産の頤和園、日本は小さい国でなんとか戦って勝ったけど、うちの国では、あの戦争に負けたとはいえ、アレを作れるだけの余裕があったんだ、と、複雑な思いがあるようですね・・・。

で、光緒帝の話に戻ると・・・。

せっかく手塩にかけて育てたのに、裏切られて悔しくて、でもそうなったのは近しい人間のせいだ、と思っちゃう傾向がある?ようで・・・。
まーさーに、嫁姑問題、か?なんて思ったり・・・。

(ここで、どっかの漫画の師弟関係を思い浮かべた、私であった・・・。)

見てて思い出したのが、このまえ読んだ「美女たちの西洋美術史」。

・・・何人か、いたんですな・・・。家督や王位を継いだ息子と、距離が出来ちゃった母后、って・・・。
距離が出来た原因や背景は、それぞれ異なるものの・・・。
(本には出てないけど、マリア・テレジアだって、家を継いだ息子と共同統治してたけど、晩年は、考え方の相違から、微妙な関係だったらしいし・・・。)


また、番組では、西太后はヴィクトリア女王について調べて、だけど、興味はあったけど、どっか下に見てたそうな・・・。

同時代の外国の女性君主(西太后は、正確には君主じゃないけど・・・)ってことで、気になってたのね・・・。
たしか、別の番組で、西太后って、天璋院とは同い年・・・だったそうな。

清朝、というのは過去の王朝で何度か見られた、皇后や側室が、皇帝かそれ以上の権力を持たないようにと、お妃選びの際、父親が高級官僚でないことや、外見より教養を重視したとか。
それは初めて知りましたです。

で、西太后の父親は今でいう、ノンキャリだそうで。


そして、光緒帝の死も、分からないことがあるみたいで・・・。

珍妃の死の真相がはっきりしてないことと言い・・・なんか、ルドルフ思い出しちゃったなぁ。
どこの王家も、国こそ違えど、謎の残る最期、って、あの時代は多いのかしら。

西太后の残した言葉、「この国に、二度と女性に政治をさせてはなりません」。

・・・出演者の方々が、推論をいくつか挙げてらっしゃいましたが・・・。

個人的には、西太后のずっと前に、すでに政治の実権を握ろうとししてた女性が(則天武后とか・・・)いたし、今更アナタがお触れ?出してもねぇ、散々やった人が言い切っても、説得力無いんじゃね?っと、僕は思いました(作文)。

時代とか、夫や息子に先立たれて、そこへ、ひっきりなしに諸外国から攻められて、政治の表舞台に立たざるを得なかった、と、条件がぐーぜんにも重なりすぎちゃった、というのも、彼女にとっては悲劇ではありますが・・・。

女性の幸せは後回しにしなきゃいけなかった、という意味では、かわいそうともいえますけど。

うーんうーん、後継者にあまり期待し過ぎない、ということも、念頭に置いたら・・・というか、そういう価値観があったら、少しは違ったんじゃないかと。

西太后のドラマは見てなかった(興味はあったけど・・・)ので、原作小説、読もうかの〜・・・。そのうち・・・。

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