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zoom RSS 近代中国に君臨した女たち 宋慶齢

<<   作成日時 : 2011/06/02 23:26   >>

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・・・いまだに、この三姉妹の映画を見てないことを思い出したり・・・。
興味はあるんだけどな・・・。

旦那さんは有名ですが、奥さんの方はあまり知らなくて・・・。

花にたとえられながら、同時に、獅子と呼ばれたという・・・。
優雅さと強さが程よく、人となりに現れてたってことでしょうか。

にしても、毛沢東が恐れた女、て、スゴイな。


妹(美齢)は政敵・蒋介石に嫁いだ、というのはどこかで聞いていたのですが、その前に、慶齢が、親子ほど年の離れた孫文に嫁ぐときは、家族でただ一人、祝ってくれたのですね・・・。

蒋介石については番組で触れていましたが、袁世凱について、西太后の時でも、殆ど?触れてなかったような・・・。仕方ないのかな。

(いや、昔読んだ、漫画で読む世界の偉人伝、みたいなやつに、
「皇帝を退位させたなら、臨時大総統の位を譲りましょう」って袁世凱に言ってるコマが、印象に残ってるもんで・・・。ま、袁世凱は、退位させた後、今度は自分が皇帝みたいになっちゃったけど・・・。)

この辺の歴史は、ざっと通しただけでは、個人的には、わかりにくいのですが。

番組内では、美齢がなぜ蒋介石に嫁いだのか、惹かれた理由が特に説明がなかったので、自分としては、?マークが沢山でした。

ケンサクしたら、7年の恋愛の末の結婚だったようですけど・・・。
某歌劇団の公演を長いこと見てる自分からすると・・・軍服の着こなしが、なんか、残念に写ってしまって、どうも・・・。

かなりの年の差婚な慶齢も、うーん、政治の師、みたいな感情から恋愛感情に発展していった、ようですが・・・なんか、もったいない。

傍から見ると、「いいのか、二人ともそんなオッサンとケコーンして」、「どこが良かったんですか?」みたいな・・・。


妹の結婚については、口では歓迎できないといいつつ、心中では違う思いだったようで。

一時は、慰問という形で3姉妹が中国で集まる時期もあったようですが、蒋介石が、戦後、中国では人民の敵となってしまい・・・。


晩年、アメリカに渡った美齢と、慶齢が接触するチャンスはあったようですが、かなわず・・・。
番組のゲストの方の一人が、あともう10年も慶齢が長生きしていたら、電話位はできたのではないか、と、惜しんでいました。

孫文の墓ではなく、両親とともに葬られたいと願った慶齢。

ゲスト間で推測がなされましたが、ある方が、夫への気持ちが全うできたからでは?との意見も。



政治利用されたくないから、との意見もありましたね。


英語力と文章を武器に、中国に自由や平等を推し進め、こころから願った慶齢。
孫文を尊敬し、9年だけの結婚生活、流産、さらに文革で両親の墓を荒らされ、嫌がらせ、また、戦中は旧ソ連にいったり、スパイに見張られたり脅されたりと、戦いと緊張続きの人生だったようですね。

アメリカ留学した中国人女子学生第一号、ということで、かなりの頭の良さと行動力の持ち主だった、と・・・。

一方で、後年、身近に仕えていた人にも、胸の内をあまり明かさなかったらしい・・・。
私的な文章も、あまり残さなかったとか。

文革で直接被害は免れても、間接被害は凄かったようで、周恩来が毛沢東に口添えしたのもあったから、なんとかなった、みたいです・・・。



前の二人や、江青に比べれば・・・真面目で、理想と情熱を持ち、不遇な時もあったけど、自分で人生を切り開いた、贅沢や薬に走らず、言語能力と実行力で戦った人・・・という印象を持ちました。

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