朝凪、夕凪

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zoom RSS BS歴史館 源氏物語

<<   作成日時 : 2012/03/06 22:56   >>

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・・・源氏物語がどうして書かれるようになったのか、の背景やら作者、並びにスポンサーとなった人物や、登場人物のモデルとか、そういうことが語られていた番組でした。

紫式部と道長のことは、他でも見聞きしてましたが、あの当時って、紙が貴重だったのか・・・。

スポンサーがいなかったら、あんな大長編は昔は書けなかった、と。

でも、時の帝、一条帝と定子・彰子のことは知ってても、定子が皇后でありつつ、父(道長の兄)が亡くなり、兄は失脚(伊周お兄ちゃんて、今でいう、出世が早いエリート官僚だったんだけど、流罪になっちゃんたんでしたっけ?)、後ろ盾がいなくなった定子は、男皇子を生んだけど、その子が帝位を継ぐには難しかった、んで、一条帝はその子に皇位を(継がせたかったけど)あきらめた、って話は、初耳でした。

定子付きの女房、清少納言への対抗意識も、源氏物語誕生の一つ、のようにも言われてましたが・・・。

定子って、25歳で亡くなってたんですね、これも知らなかったです。

道長の娘、彰子が入内したのは12歳!これも以下同文・・・。
定子の産んだ皇子を彰子が育てた、っていうのも・・・。

枕草子に対抗できるようなものを書く→彰子の元に来る→仲良くなる→できれば皇子をををををを!!

・・・とゆー、道長の思惑があったようですが、一方で、光源氏と若紫の年齢差が、一条帝と彰子のそれとほぼ同じで、帝位につけたいけど継がせられない亡き愛妻の忘れ形見とか、若紫を引き取って、自分の理想の女性として育てる、云々は、現実とリンクしてたり、あるいは小説が先取りしてた、と・・・。

彰子は、結果、一条帝と結ばれ、皇子を授かり、紫式部もその出産が安産と知り、日記にその嬉しさをつづっていた、というのも、紹介されてました。

あー、主婦は花散里が人気だと、寂聴先生。
そうなんだ・・・。

よく、六条御息所がスキ、っていう話は聞くけど・・・。

江戸時代、徳川家では、初音の巻を毎年読む、みたいなことも触れて。


最近、54帖以外の巻も発見された、そーですが・・・。


そういえば、最近映画になったアレ、見逃した・・・。
ちょっと見たかったけど、時機を逸してしまったわ・・・。

個人的に、登場人物によっては、後生の人が名づけたのであって、原文(て、源氏物語は、写本しか残ってないですけど)には名前が残ってない人(例、葵の上。葵の巻で〇〇だったから、後生の人が呼ぶようになり、原文では「源氏の北の方」ないし「左大臣の娘」としか出てないそうな・・・。なんか、哀れ・・・)とかもいるので・・・。

文ならともかく、声に出されると、個人的に違和感があったりも・・・するのでした。
まんがとかだったら、まだ割り切れますが。

番組の感想がどっか行っちゃいましたが・・・個人的に新発見もあった、ということで。

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